最近は何でも軽量化されている。ライフルのボディは、強化プラスチック製になった。スマートフォンでターゲットの歩行予定ルートを確認する。予定に変更はない。
今はスナイパーの彼にも、学生時代はあった。
ごく普通の学生だった。ラグビー部でキャプテンとして活躍したが、引退試合は宿敵とされた学校と闘い、その試合で大きなミスをした。チャンスを見誤り、トライに失敗したのだ。そこから試合の流れが大きく崩れ、彼のチームは大敗した。宿敵相手の引退試合は、せめてイーブンにしたかった。彼には、相手チームのキャプテンの嘲笑だけが残った。
「ホイッスルでノーサイドなんて、嘘さ」
向かいのビルの屋上の給水タンクに隠れ、ターゲットを待つ。
卒業後に入った自衛隊での訓練でも、退官した後でも、嘲笑はどこからか聞こえてきた。
争いはどこにでもあるが、最後には敵味方なくノーサイドになれる、そう思っていたのは、あの引退試合までだ。その後の彼の人生でノーサイドはなかった。ゲーム以外でホイッスルの音が聞こえたこともない。
胸ポケットのスマートフォンが振動し、ターゲットの接近を知らせる。
ターゲットはある有力政治家だった。彼がスナイパーとして生活するようになったのは、自衛隊の特別警備で培った能力のためだ。銃で指示されたターゲットを威嚇する。この国では、公衆の面前で射殺などしない。ターゲットに対し警告を発するように狙うこと、そして誰にもケガをさせないこと、という条件を満たすのは難儀だ。しかし彼はそんな難しい任務をうまくこなしてきた。
ゲーム終了のホイッスルがないなら、ゲームを続ける。
レンズ越しに、政治家を乗せた車がビルの前に到着した。いつものとおり、数歩先の足下を狙う。プラスチック製ライフルは銃声も小さく、弾も軽い。威嚇するには、歩くすぐ先を狙い、それと知らせる必要がある。
トリガーを引こうとしたその瞬間、振動が彼の身体を貫いた。背中が燃えるように熱い。崩れる体勢をどうにか持ちこたえながら、トリガーを引く。
ターゲットの姿勢が崩れた。狙いが外れ、弾を当ててしまった。初めての失敗だ。
背後から足音が聞こえた。足音の主を見上げると、それはあのキャプテンだった。
「当てちまった。ようやくこれでノーサイドだな」
絞り出した彼に、男は言った。
「ノーサイド? そんなものがあるか。これはイーブンだ」
彼は男の足下で崩れ落ちながら、思った。この男も、まだゲームを続けているのだろうか、と。