さかさまジェニー



 刑事さん、私ね、大体わかっていたの。
 若い子って、おばかさんでしょう。特に最近の子は。
 いくらおばあちゃんの私だって、気づくわよ。このヘルパーさんはちょっとお金に困っていて、しかも頭が悪いってことくらい。
 いつも同じ香水を身に着けている。しかもちゃらちゃらした昨今の薄っぺらい香りね。深みがないユニ・セックスの香りは、ホストのものだわ。それも三流。寝不足の顔してくるときもあったから、間違いなく本気になってる。香りまで同じにして。本当にいいものを見極める目がないのね。香水も、男の人も。
 ああ、痛い。傷はけっこう深いのね。
 それにしても、介護先のおばあちゃんを刺して金品を盗むなんて、すぐに足がつくわよ。おまけに、ドレスデン人形を何体か盗ったのね。
 もしかして、先日の娘との会話を聞いていたのかしら。
「さかさまジェニーならあるわよ。もしお金が要るなら、あげるわ。オークションにかけたらそれなりの値段になるはずよ」
 インターネットを通して話したとき、あの子もいたと思うわ。うっかりしていたわね、私も年かしら。
 ドレスデン人形は、そりゃあ派手よ。きらきらして、高そうに見える。レースのように見えるのは、全部陶器。私はいくつも持っていた。主人のお土産だったから、大事にしていた。
 その中でも珍しかったのは、少女が逆立ちしていたあれね。おてんばなドレスデン人形なんて、珍しくて、愛らしくて、大事にしていた。
 あれが「さかさまジェニー」か?
 まあ、あれも焼き物のお人形にしてはそれなりの値がつくかもしれないわね。でも、たいした金額にはならないのよ。せいぜい、百万くらいかしら。
 だからあの子はちょっと足りないの。聞きかじった言葉だけで、少女が逆立ちしているお人形が「さかさまジェニー」と思い込んだのね。逆立ちのお人形ごときじゃ、罪を背負って生きる代償にはならないわ。
 あら刑事さん、持ってきて下さったのね、古い切手の入った写真立てを。
 本物を見極める目は大事だけれど、調べることも大事だわよ。今はインターネットがあるんだから。そうすれば、「さかさまジェニー」は、郵便飛行機ジェニー・カーティス号が逆さにミスプリントされた切手だってすぐにわかったはず。案の定、これを取らずに残していったのね。
 そう、この写真立てに入った切手が本物。1セットあるから、数億円にはなるわよ。
 お金を得るって、頭を使うものよ、たとえ手っ取り早い方法に見えても。刑事さん、そう思わない?


2016.08.19掲載(1,009字)