帰りに買った、ピーチ・フレーバーのチューハイを開ける。
あのコンビニにいたイケメン店員のために、もう少し何か奮発すればよかったかも。
いやいや、今の私は、サラリーマンを狙っている。いい男なら誰でも、という年齢ではない。タイを私がほどくのだ。甘い言葉とともに。できれば、華やかなウィンザー・ノットを。
着替えるのもおっくうで、私はソファの上に脚を伸ばした。チューハイ片手に、届いたばかりの下着のカタログを開く。
相変わらず、派手な下着ばかりだ。ガーターベルトなんて、今時する人いる?下着の化石だわ。
鼻先で笑おうとしたが、最近とんとご無沙汰なのを考えると、笑えなかった。ガーターベルトの化石化と自分の身体の化石化と、深刻度は比べるべくもない。
最後はいつだっけ?
もうずいぶん前、場末のバーのトイレだ。
体の底が熱くなり、首筋の皮膚が焼け付くような、あの感覚すら思い出せない、不毛な関係だった。
当然、その男とはその場限りで、二度と会っていない。連絡先も知らなかった。
つい先日までは。
私の担当プロジェクトで入札参入が決まり、その会議に出席したのが一週間前のことだった。市の担当者で、ノータイのカジュアルな服装がなかなか似合う、いい男がいた。その場で彼から名刺と携帯電話の番号を渡され、私たちはプライベートで会うことにした。
そのデートが今日だったのだが。
「なかったことにしてくれ」
待ち合わせた公園で顔を見るなり、浴びせられた。
「あれは過ちだった。誰にも言わないでくれ」
何のことだかわからず、私はぼんやりしていたが、うっすらと思い出した。
あのときのバーの男だ。ザ・不毛相手。
私は顔すら覚えていなかった。バーの狭いトイレで、後ろからだったし。
久々のデートだと舞い上がっていたのは、私だけだった。どおりで、入札の説明の時に私をちらちら見ていたはずだ。
くだらない。言われなくても、誰にも言わないわよ。大体、ノータイ男を本気で追いかけませんから。
私は立ち上がり、スーツの上着を脱ぐ。そして、地味なニッキー・ノットを解いた。他人のタイを甘い言葉で弄ぶことを夢見ながら自分のタイを解くなんて、気持が沈む。
ガーターベルトでもいいから、女物の下着くらいつけようかしら。
自分の平たい胸とトランクスと、その下の突起を見て考えるが、頭を振る。
いや、変えなくてもいい。このままの私にタイを解かせてくれる相手が、きっとどこかにいるはずだから。